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例え、福島の子供達が病気になっても、原発事故と病気の因果関係を法的に示すのがいかに難しいか良くわかる番組です。

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アップロード日: 2011/04/18 


訂正:
字幕に出てくる日付が間違っています。
1986年12月12日ではなく、
1986年9月12日です。

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北ドイツの港町、ハンブルグから数十キロ離れた場所に、クリュンメル原子力発電所とG-KSS原子力研究所、ふたつの原子力施設があります。
1986年9月12日に、クリュンメル原子力発電所のあちこちで、放射線測定器が異常に高い数値を示しました。

それから数年後、この地域で子どもの白血病が増えました。
ある小さな村では(そこは、統計学上では60年に一人、白血病患者が出るかでないかといわれているのですが)たった5年の間に、6人の子どもが白血病になりました。

その後も、小児の白血病患者は増え続け、このあたりは、世界で最も小児白血病の発病率が高い地域のひとつになっています。

なぜ、この地域で、たくさんの小児白血病患者があらわれたのか、白血病と原子力発電所に因果関係はあるのかを、様々な角度から取材をした。

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アップロード日: 2011/04/25 

北ドイツの港町、ハンブルグから数十キロ離れた場所に、クリュンメル原子力発電所とG-KSS原子力研究所、ふたつの原子力施設があります。

この近くで、1991年から2004年にかけて、15人の子どもたちが白血病になりました。

近隣の農家の屋根や樹木から、放射能が検出されました。
また、白血病になった子どもたちの家族の染色体が突然変異を起こしており、研究者は、それが被爆者特有のものであると指摘しています。

住民たちは、「白血病・市民の会」をつくって、自ら専門家に原因解明のための調査を依頼しました。

周辺の土壌からは、核燃料と思われる、小さな球状の物体が、大量に発見されました。
球状の物体の中からは、プルトニウム、アメリシウム、キュリウムといった放射性元素が検出されています。

これらの放射性元素の半減期は、たいへん長く、科学者は、土埃と一緒にこれを吸い込むことで、人体が傷つけられる危険があると指摘します。

小さな埃と一緒に、肺の中に吸い込まれたプルトニウムは、血管の中に入り込み、血流によって骨髄まで運ばれます。

骨髄に辿り着いたプルトニウムは、血液を作り出す造血幹細胞を攻撃し、傷ついた造血幹細胞の遺伝子に突然変異が起こって細胞ががん化し、白血病が引き起こされるのです。

また、放射線を浴びたことで、配偶子、つまりは精子や卵子が傷つけられ、それから何年も経った後で、生まれてくる子どもたちに危険が訪れる可能性があります。

1986年、チェルノブイリで事故があった年の秋に、GKSS原子力研究所で炎があがっているのをみたという目撃情報があります。

三人の目撃者の証言に共通するのは、不思議な色の炎から、煙が出ていなかったという点です。

しかし、管轄の消防署には、原子力研究所で火災が発生したという記録が残っていませんでした。
よりにもよって消防署が火事になり、全てが燃えてなくなったというのです。

調査委員会の学者たちのほとんどが、球状の物体は、GKSS原子力研究所の近くで起こった火事、もしくは爆発によって、近隣にばらまかれたと確信していますが、当事者であるGKSS原子力研究所はこれを否定します。

核戦争防止国際医師会議は、イオン化放射線を外部に漏洩させた容疑で、クリュンメル原子力発電所とGKSS原子力研究所、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の財務・エネルギー省を刑事告発しました。

しかし、リューベック州裁判所検事局は、容疑を立証する証拠が少ないという理由で、捜査と訴訟手続きを、たった1年で終了しました。

2004年11月1日、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の調査委員会で12年間、調査をしてきた8人のうち、6人が委員を辞任しました。

公的な機関から、長年にわたり、組織的に研究を妨害されてきたというのです。


原発と白血病の因果関係(ドイツのテレビ番組)3/3

この動画を見ていただくと、ドイツの政治家、権力の側にいる人たちが、嘘をついたり、しらを切っり、事実を隠蔽したり、見て見ぬ振りをしているのが、よくわかると思います。

原子力産業と政府の癒着体質は、どこの国でも同じなのかもしれません。

エルベ地域の人たちの戦いは、今もまだ終わっていません。

投稿者はハンブルグの小児血液腫瘍科病棟に行ったことがあります。
たくさんの子どもたちが、長くて辛い治療の日々を送っていました。

ニコルのように治療がうまくいく子もいれば、天国に行ってしまった子もいます。